◆公的試験の資格なし

今度は共通テストの作問委員複数による「民間出版社(教育出版)」からの市販問題集刊行ですか。公私ともに、どこまで腐っているのか、底無しですね。そして、大学入試センターはもはや信用できません。

DNC(大学入試センター)によれば、「試験における公平性を確保する観点から、試験問題の内容に関することはもちろん、委員の氏名や所属機関、専門分野などについても、試験問題が類推される可能性があることから、非公表としています。また、こうした事柄については、全ての問題作成に関する委員に対して、厳格な守秘義務を課しています。」ということだそうです。

では、なぜこの民間出版社は、10人足らずの問題集執筆者、そのなかでも大学教員は4名だと思いますが、そのメンバーに共通テストの作問委員を複数人選ぶことができたのでしょうか? 

この方々が、偶然にも大学入学共通テストの作成委員であり、当該問題集の民間出版社はそれと知らずに(知っていては守秘義務違反があった証拠ですね)、執筆依頼をしたということですか? こういう人物たちが問題集執筆にふさわしいと思ってお願いしたら、なんという素晴らしい偶然か、作成委員の方々でした、と……。誰が信じますか。

こうした不正疑惑は、国会で追及されるべきことでもあります。野党議員の方々には是非とも頑張っていただきたいですが、そもそもまずは文科省・文科相が厳正に調査すべき大問題でしょう。それが「問題ないと聞いています」だけで済まされているのです。

こんな胡散臭いテストを受験生50万人の合否判定に使ってよいわけがありません

大学入学共通テストの国語問題は、ほんの2か月前まで記述式ありの大問数5・100分実施を前提として作ってきたはずであり、マーク式部分の問題は大問数4・70分相当でした。それが突然、記述式が中止になったらマーク式のみの大問数4・80分実施に変更するという、おざなりの決定をしています。にもかかわらず、大学入試に導入する意味の不明な「実用的文章」(これこそが、記述式採点の不正問題をも含む一連の不正疑惑の中心に位置するものです)を現代文の出題分野に残したままですから、現代文の大問数と出題分野の計算(3問→2問)が合わないのです。これだけでも十分に問題の質が疑われて当然の状況です。

そこに今、同じ国語でよりにもよって作問委員の複数名が半年前まで平気で利益相反が疑われる不正な行為をしていたと判明したわけですから、共通テストの国語現代文問題(とりわけ記述と関連していたはずの「実用的な文章」からの出題)は、あまりにも胡散臭い入試問題なのです。これで50万人の受験生の運命が左右されようとしているのですから、悲惨です。

「実用的な文章」をDNCは出題範囲だと明言していますが、そんな不備・不正を幾重にも纏った入試問題を、不正を疑われる委員が何人か辞任したからといって、そのまま公的試験の問題に使ってよいはずがないでしょう。もうその試験問題は「公平性を確保する観点から」絶対に使ってはならないでしょう。現問題案の廃棄と実施の延期は不可避です。

不正行為をする人間が作問者に複数混じっているのに情報漏洩などの他の不正は一切行っていないと信用しろと言うのは、無理です。

ベネッセによる採点問題に始まり、作問委員の利益相反疑念とDNCの隠蔽へと至る、不正臭漂う大学入学共通テスト国語の現代文問題は、すみやかに廃棄すべきです。

昨年の秋から年末に至り、国語に記述式を導入することの難点が大問題として広く国民の目に曝されていたその最中に、今回露見したこの作問委員たちによる守秘義務違反の疑い、利益相反・倫理観欠如問題が生じていたことを、DNCは明白に認識していました(新聞報道によれば昨年8月に委員たちが関与した市販問題集が出版され、関係者からの指摘を受けて同10月には当該の委員たちが辞任を申し出、なぜか今年の1月になってようやくDNCが辞任の申し出を受理したといいます)。にもかかわらず、このような重大な事件について、報道を見るかぎり文科省・文科相は今回(2月17日)の報道ではじめて知ったという反応をしています。それが本当なら、大学入学共通テストの国語記述式問題導入の是非を国民が、さらには国会が問題として議論している最中にも、異常事態といえる複数の作問委員の辞任へと至る不祥事をDNCは国民にも文科相にも隠蔽していたということになります。責任者の処分は当然ですし、守秘義務違反の有無は第三者による調査が必要です。不正疑惑を隠蔽していたDNC自身が「問題はない」と言っただけでは信用できるはずがないからです。文科省・文科相は、なぜ自ら調査をしようとしないのでしょうか。隠蔽していた相手の言うことを丸呑みで信じるのはなぜでしょうか?

DNCは「そもそも国語の記述式問題については、1 月 29 日付けの文部科学省の決定により見送りとされている」とし、「受験者が当該「例題集」を利用したことによって、特別に有利になるような情報はありません」と公式見解を述べています。笑止ですね。「そもそも」国語の記述が見送りとなる前にこの事件は起こっていますから、後になって記述式が無くなったからといって、問題なしということにはなりません。また、「そもそも」それが記述式と実用国語の導入を推進してきた側の言うことですか。さらに、そうした詭弁を弄しながら、一方では、辞任した委員たちのことを公表しないのは「情報の機密性のために、具体的にお答えはできない」からだと言い、「「記述式問題に関する例題集」の執筆者の中に、問題作成委員が含まれているのかどうかについては、問題作成委員の特定につながりかねないことから、取材に対してはお答えしておりません」としています。件の「問題集」には何も類推できる点がないので問題がなく、一方で、執筆者名の公表は依然として類推できるから問題がある……。そんな倒錯した論理を書いた紙切れ1枚で国民に説明責任を果たしたと考えているのでしょうか。なぜ民間出版社が当該委員たちを執筆者に選んだのか、DNCが疑問視しなかったとは信じられませんね。まずはDNCと民間出版社の担当者を参考人招致でしょうね。


どうも、共通テストへの記述式の導入もしくは実用的文章の採用を推進しようとする側の中心には、記述式導入それ自体の是非とは無関係に、利権を求める輩が不可避的に纏わりつくようです。もはや大学入学共通テストは(最低限、現代文だけでも)中止し、不正の調査・解明、具体的で現実的な責任の所在の明確化と処分を厳格に行いつつ、個別試験で各大学が受験生を主体的に合否選考していく方向しかないのではないかと思います。公的試験を食い物にしようと権力にすり寄る連中が必ず罰せられるだけの仕組みを作り、透明性を確保しないかぎり、この問題は解消しないのではないでしょうか。1年で解決できるとは思えません。

「主体的な学び」などと称し、そうした優秀な学生を集めたいと大学側が本気で思っているのであれば、自ら他人任せの入試をやめなければ、示しがつかないのではないでしょうか。隗より始めよ。入試改革は、大学自身の手によって。

*追記(2/20):
産経新聞により報道された「辞任した委員には国語の作問責任者も含まれ」るという情報は、萩生田文科相によれば「国語の問題作成担当の分科会長は辞任をしていないこと等の事実関係を、昨日、大学入試センターから確認をしました」ということですから、誤りだったんですね。辞任なさっていないという、その作問責任者の方なんですが、同じく萩生田文科相によれば、「大学入試センターにおいて改めて、出版物の内容について国語の問題作成担当の分科会長に照会し、作成途中であった第1回大学入学共通テストの記述式問題の内容を類推できるような情報は記載されていないことを確認しており、守秘義務違反は生じていないと判断をしたと聞いております」とあるわけです。DNCが分科会長に頼んでその問題集を読んでもらい、ご意見を聞いたと。それだけですよね? まさかとは思いますが、件の不正な問題集を執筆したのは、共通テストの作問責任者である分科会長御自身であり、しかもまだ辞任すらなさらず、しかもその当人に「問題ないか?」とDNCが質問したら「問題ないです」とお答えになったので、DNCも文科相も「問題ないそうです」ですましたと……。まさか、そんなことはありえないでしょうねぇ……。万が一にもそのようなことがあり、辞任した方々は、実は「正義派」だったとか、そういうことではないでしょうね。もしそうなら、なるほど鯛は頭から腐るとやら、いやもう眩暈。