◆新テスト延期は妥当

「大学入学共通テスト」については、英語の民間試験導入を巡る大きな混乱や国語の記述採点法への不信など、大学入試として最も重要なはずの学力評価の信頼性に対する様々な疑問点が指摘されています。受験生に不利益がないよう、2021年1月の施行という拙速を中止し、延期すべきであるという見解が教育現場を中心として強く示されています。現代文に関して、延期論に強く同意します。

今、これほど信頼性を欠く大学入学共通テストについて、実施を延期するという当然ともいえる誠実さ、理性、勇気のいずれをも示さず、問題点に目をつむって強行実施すれば、受験生・生徒に対して害をなすのはもちろん、日本の教育の将来にも大きな禍根を残すことになるでしょう。

予備校等で、センター試験や国公立大・私立大の現代文・小論文試験の対策指導に長く携わってきた者として、私は、「マークシート方式より記述式テストの方が受験者の理解力や表現力を深く評価できる」という判断は短絡的で誤っていると、強く確信しております。事の詳細はいずれ「大学入学共通テスト」のページに掲載します。今は、以下の点だけ述べておきます。

採点者間における採点基準解釈のぶれを排除し、短期間で採点できることを主目的とした問題、すなわち、単純で機械的な採点処理の可能な「正解への強引な誘導条件だらけの、単に記述形式であるというだけの、安易な穴埋め的問題」を大々的に実施するとなれば、愚問を解くためにしか役立たない無意味な「対策」が指導現場で横行するだけで、基礎的な読解や表現のための地道な努力をかえって阻害する。下手な記述形式の問題は、客観形式の良問よりずっと劣る。

記述形式の試験を実施するだけでは何の解決にもならず、むしろ基礎学習をおろそかにする傾向を助長する恐れすらあるのです。また、残念ながら、私も従事している教育産業・受験ビジネス界において、少なからぬ業者が大学入学共通テストを大きな商機と捉え、「今までの学習法では通用しない」などと称して受験生や保護者の不安を煽り、「新しい学力観と入試に対応」したとかいう怪しげな商品パッケージを販売しています。ほんの数回の試行問題や大学入試センターからのアナウンス程度の情報で、新テストの実態もはっきりしないうちに、いち早く「対応できている」と主張する根拠はどこにあるのでしょうか?

さらに問題なのは、公的な試験を実施する側が、その試験対策をビジネスにしている特定民間業者の関与を求めるという、入試そのものの信頼性を大きく損ねる事態が、公正を第一義とすべき大学入試において平然と許容されているという点です。そんなことがなぜ罷り通ったのか。関係者の誰一人として不正を疑わず、なんの危惧ももたなかったなどということはありえませんから、また例の忖度に類する経緯によるのでしょう。

試験を実施する側、試験対策を講じる側、ともに受験生と教育のためを第一と考え、これほど重大な制度改編にあたっては、妥当性についてのエビデンスをきちんと提示するとともに、慎重かつ良心的で公正誠実な対応をしていただきたいものです。

当面望ましい判断は以下の通りでしょう。

「記述形式の問題で何十万人の答案を見るという安易な発想には無理があった。過ちを糊塗せず正直に認め、記述問題は各大学で実施される個別試験に任せよう」

記述式と民間試験の採用だけ延期すればよいのです。緊急避難的対応です。その実施延期を阻む主体と理由は何でしょう?
「延期すれば混乱が生じる恐れがある」などという主張は、実施延期を求める主張内容や理由からすれば、なんの説得力もありません。服用すれば甚大な副作用の恐れがある未認可薬を、従来の治療法でも効果のある、重篤でもない患者に対して、「服用しないと病院に混乱があるかもしれない」といった理由で敢えて服用するように勧める医学者などいません。(万一その医学者が製薬会社と昵懇だとしても……)